箱庭諸島S.E.A.の第1シーズン。
開幕からT.1000までの期間を指す。
シーズンタイトルはまっくろ島

シーズン概要

2005年7月1日にブラウザゲーム「箱庭諸島S.E」が設置、稼働開始と同時に幕開けとなった
箱庭諸島S.E.A.(当時はS.E ver.15改)の最初のシーズンに当たる。
エコーズact3島やクレタ・モラッタ島、まっくろ島、マレーシア半島(諸島)など
後に「五大国」と称される島を含む第一世代島らが建国から覇権を争った時代である。

スクリプトに関しては開幕当初はほぼ無改造の「箱庭諸島S.Eバージョン15」であったが、
T.583に、第一回目の大規模スクリプト改造が実施され、他の箱庭とは一線を画する
独自のシステムとともに長い歴史を綴ることとなる箱庭諸島S.E.A.における黎明期に位置づけられる。

ゲームシステムに関しても最初期は特徴的なものは存在せず、単純なランキング争いそして100ターンごとに授与されるターン杯の獲得が一応の目標であったが、
第一世代島間の格差は非常に小さいため首位争いは熾烈を極めており、慣習的に3連続ターン杯という目標が本ゲームにおいて最高の偉業であると認識されはじめ、これを目指す島が現れ出した。
そしてシーズン末の800および900ターン杯と2連続ターン杯を獲得したまっくろ島が3連続ターン杯を賭けて1000ターン杯を大々的に目指したことから、
この3連続ターン杯を獲得した島に「帝國」の称号を与えるとする本ゲームの最大の特徴である帝國制度が公式ルールとして制定され、
それを阻止したいライバル島との間に本箱庭最初の戦争(帝國化戦争)が起こった。

主要なイベント

管理人杯 全島サッカートーナメント300(第1回W杯)

T.300(2005/9/14)に開催。最初の管理人主催の公式イベントとなる。
箱庭諸島S.Eのデフォルトコマンドである「交流試合」を用いて、事前に発表される試合予定に従って参加島同士で試合を行い、トーナメント形式でチャンピオンを決めるというイベント。
第1回以後全5回の管理人主催公式サッカートーナメントが開催され、第3回大会からは「Soccer Hakoniwa World Cup」という名称が使用され、W杯は箱庭諸島S.E.A.における最大の公式イベントとなった。
初代チャンピオンに輝いたのはマレーシア半島代表チームであり、当時としては高額の優勝賞金1兆5000億円が贈られた。

持ってけドロボー!第1回怪獣撃退大作戦!!

T.500(2005/11/4)に開催。合同演習島に大量の怪獣を配置し、各参加島が一斉にミサイルを撃ちこみ、怪獣を撃退し、それに応じて得られるポイントを競うというイベント。
これは後に箱庭諸島S.E.A.最高峰のイベントとなる「バトルロワイアル」の元になったイベントであるが、怪獣を撃退するイベントはこの1回のみで第2回大会が開催されることはなかった。
対立関係が始まってまもないまっくろ島とN島が激しく首位を争い、最終的にまっくろ島が優勝島となった。

第一次大規模スクリプト改造

T.583(2005/11/24)に実施。
大規模とあるが、複数の新要素を付加する仕様変更として初めて行われたスクリプト改造というだけで、第二次以降の大規模なアップデートと比較すると非常に軽微な変更であった。
メトロポリスや臨海ロイヤルホテル、新種記念碑の追加など画像追加などが主。

第2回 全島サッカートーナメント700(第2回W杯)

T.700(2005/12/24)に開催された第2回W杯。
島別によるトーナメント戦に加え、3島を1チームとし、総合成績を競う団体戦が開催された。
トーナメント王者はN島、団体戦はム〜さん同盟が優勝した。

まっくろ島帝國化戦争

T.970(2006/3/1)に開戦した史上初の戦争。
N島によってまっくろ島の帝國化が阻止された。

出来事


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Last-modified: 2011-12-27 (火) 02:41:27 (4514d)